退任・退職前後の引き抜き行為

会社を退任・退職して自ら事業を始めようとしている取締役・従業員が、会社の従業員に対して一緒に退職して事業に参画するよう勧誘を行ったことが、忠実義務違反、誠実義務違反又は不法行為に該当するとして訴えられることがあります。

単に退任・退職して事業を始める旨を伝えて転職の勧誘をしただけで違法となることはありませんが、手段・方法・態様が社会的相当性を逸脱する場合(会社に関する虚偽の情報を伝えたり、事前予告なしで退職させたり、引継ぎなしで退職させたり、一斉に大人数を退職させたり、ダメージを与える目的で退職させたりする場合など)や、引き抜き対象となった従業員の地位・特性や人数などの事情から、会社に与える影響が大である場合(事業の存続が困難となるなど)には、違法な引き抜きであると判断されることがあります。膨大な裁判例を分析すると、様々な事情を総合考慮した上で、「悪質性の有無」が判断されているように思います。

違法な引き抜きであるとして忠実義務違反、誠実義務違反又は不法行為の成立が認められた場合の損害賠償の考え方は以下のとおりです。

まず、引き抜きによる営業利益の減少があれば、その減少分の相当部分が損害として認められることになります。なぜ相当部分かというと、従業員の退職は、引き抜き行為によるものであるのと同時に、その従業員の自由意思によるものでもあり、減少分の全額を引き抜き行為のみに帰責できないためです。引き抜きの経緯、態様、会社に与えた影響、会社側の対応等の個別事情を踏まえて適切な賠償額が算定されます。

次に、引き抜き後の営業利益について減少が明らかでない場合は、「新しい従業員を補充するまでの期間についての逸失利益」を損害と考える裁判例が主流です。

例えば、引き抜かれた従業員(エンジニア)が3か月間引き続き稼働していたとすれば得られたはずの粗利益から経費(給与、賞与及び諸雑費)を控除した金額が逸失利益と認められています。この考え方は、営業利益が減少しておらず、引き抜かれた従業員に代替性があり、速やかに補充することが容易なケースで採用されています。引き抜かれた従業員に代替性がない場合や従業員だけでなく顧客も奪取されている場合には、営業利益の減少が伴うケースが多く、そのようなケースでは利益の減少分に基づいて損害を算出する考え方が採用されています。また、従業員の退職によって外注せざるを得なくなったケースでは、外注費が損害と認定され、従業員の退職により受注を辞退せざるを得なくなったケースでは、その逸失利益が損害と認定されることもあります。

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