株式譲渡を「みなし清算」の対象にすべきか否か

「みなし清算」とは、M&Aが実行された場合に、会社が解散清算したものとみなして、解散清算の場合の残余財産の優先分配と同様にM&A対価の清算を行うこと、また、それを内容とするベンチャー企業の株主間契約の条項のことをいいます。

もっとも、M&Aの中で一番ポピュラーな株式譲渡については「みなし清算」の対象にしないことが通常です。

以下の2点が、その理由です。

1点目は、株式公開(IPO)と比較した場合に、株式譲渡の場合に投資家が一株当たりの企業価値を超える対価を受領できるとすることに合理的な根拠がないこと

2点目は、合併等の組織再編行為の場合は、資本多数決によって強制的に投資家が保有している株式にも影響が生じることになりますが、株式譲渡の場合は、原則として投資家の意思に関わらず投資家の保有する株式が強制的に売却されることはなく、譲渡する意思がなければ株式を保有したままでいられることです。

優先配当、解散清算時の残余財産の優先分配の定めは、ベンチャー企業が配当を行う場合に実際に優先的に配当を得て儲けたいとか、ベンチャー企業が解散清算する場合に実際に優先的に残余財産の分配を得て儲けたいといったニーズによるものではなく、発行体や経営株主が投資家から高額な投資を受けた直後に資本多数決によって持株比率に応じた配当を強行してしまうとか解散清算してしまうといった詐欺的行為やモラルハザードを事前に予防するための仕組みとして編み出されたものです。合併等の組織再編行為を対象としたみなし清算条項も同様に、ベンチャー企業が合併する場合に実際に優先的に合併対価を受領して儲けたいというニーズによるものではなく、発行体や経営株主が投資家から高額な投資を受けた直後に資本多数決によって合併等の組織再編行為を強行して持株比率に応じて多額の合併対価を受領してしまうというモラルハザードを事前に防止するための仕組みです。

要するに、①優先配当、②解散清算時の残余財産の優先分配、③みなし清算の仕組みは、資本多数決によるモラルハザードを防止するための仕組みであり、投資家が一株当たりの企業価値を超える対価を受領できる(キャピタルゲイン以上に儲けられる)ようにするための仕組みではありません。投資家は、あくまで自分の目利きで勝負して、値上がり益(キャピタルゲイン)で稼ぐという姿が想定されています。

以上の理由から、株式譲渡を「みなし清算」の対象にすることは通常ありませんが、例外的に、経営株主が株式を譲渡する場合に譲渡意思の有無に関わらず投資家も保有株式を手放すことが強制されることになるドラグアロング条項が定められているケースでは、株式譲渡を「みなし清算」の対象にすることがあります。ただ、この場合でも、モラルハザード防止の目的であれば、経営株主が支配権を失うことになるような株式譲渡であって、かつ、投資時点の時価総額を下回る企業価値での株式譲渡だけを対象にすれば必要十分であるはずという結論になります。

最近、ドラグアロングの定めがあるわけでもないのに、株式譲渡をみなし清算の対象として投資家に優先分配する旨を定めている株主間契約が出回っているようですので、VCからの調達を予定している方は、この点に留意して頂けたらと思います。

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